最近、当法人が確認した「経営・管理」の不許可事例で、非常に象徴的な指摘がありました。問題となったのは売上、事務所、資本金ではなく、従業員の賃金台帳です。入管審査は、事業実態だけでなく「会社が適切に人を雇用し、労務管理をしているか」まで見る段階に入っています。
① 申請時点より後の月まで賃金台帳が既に記載されていた
② 賃金台帳に「労働日数」「労働時間数」の記載がなかった
これらから、適切な労務管理が行われているとは認め難い、という趣旨の指摘がされました。
経営・管理は「会社があるか」だけを見る審査ではない
従来、経営・管理の審査では、事務所、資本金、売上、事業継続性、納税状況などが特に重視されてきました。しかし現在は、それだけでは十分ではありません。
出入国在留管理庁は、経営・管理の更新審査について、労働基準法、最低賃金法、社会保険、雇用保険、労災保険、事業に必要な許認可など、経営者として遵守すべき法令の履行状況を確認するとしています。
つまり、会社の経営状況や納税状況に大きな問題がなくても、労務・社会保険等に問題があれば、在留審査上の消極的要素となり得ます。
実例① 7月の申請なのに、9月まで賃金台帳が完成していた
今回の事例では、申請時点が7月であるにもかかわらず、提出された賃金台帳には、その後の9月頃までの記載がありました。
賃金台帳は、実際の勤務実績と賃金計算を基礎に作成される帳簿です。残業、休日勤務、欠勤、遅刻・早退、有給休暇などは毎月変動し得ます。それにもかかわらず、まだ到来していない期間まで先に完成していると、実際の労務管理に基づく帳簿なのか、それとも申請のために形式的に作成したのかという疑問を持たれます。
労働基準法第108条は、使用者に賃金台帳を作成し、賃金支払の都度、遅滞なく必要事項を記入することを求めています。
実例② 労働日数・労働時間数が記載されていなかった
もう一つの指摘は、賃金台帳に労働日数と労働時間数が記載されていなかったことです。
賃金台帳では、原則として氏名、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働時間数、基本給・手当、控除額などを記録する必要があります。
労働時間が分からなければ、最低賃金を守っているか、残業代が正しく計算されているか、休日労働があるかといった基本的な労務管理も確認できません。したがって、単なる書式上の不足ではなく、会社全体の労務管理体制への疑問につながります。
「書類ミス」ではなく「経営能力」の問題として見られる
経営・管理の申請人は、会社を経営する立場です。従業員を雇用するなら、賃金、労働時間、社会保険、労働保険等を適正に管理することも経営者の仕事です。
そのため賃金台帳の不備は、「経理担当者の記入漏れ」で終わらず、入管からは次のような点まで見られる可能性があります。
- 従業員の勤務時間を実際に把握しているか
- 給与を適正に計算しているか
- 残業代を支払っているか
- 最低賃金を守っているか
- 社会保険・労働保険の手続をしているか
- 経営者として日本の労働法令を遵守しているか
今回の事例が重要な理由
今回のケースは、労働紛争や重大な行政処分が発生したから問題になった、という事例ではありません。
申請資料として提出した賃金台帳そのものから、労務管理の不備を指摘された点が重要です。
つまり、入管が労務関係資料を「提出されたかどうか」だけでなく、内容・作成時期・法定記載事項・他資料との整合性まで確認していることを示す一例といえます。
作り直せば終わり、ではない
不許可後に正しい様式の賃金台帳を作り直すことは必要ですが、それだけで問題が当然に治癒するとは限りません。
重要なのは、過去から実際にどのような労務管理を行っていたのか、問題発覚後に何を是正し、その後どのような体制に変更したのかです。
再申請では、賃金台帳だけでなく、出勤簿・タイムカード、給与明細、給与振込記録、雇用契約書、労働条件通知書、36協定、就業規則、社会保険加入記録などとの整合性も確認する必要があります。
今後の経営・管理は「労務DD」が必要
経営・管理の更新前は、決算書や納税証明書だけでなく、会社全体を横断的に確認する必要があります。
| 確認分野 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 事業 | 実際に事業が継続しているか、契約・売上・事業所の実態 |
| 財務・税務 | 決算、債務超過、法人税・消費税等の申告・納付 |
| 労務 | 雇用契約、賃金台帳、勤怠、最低賃金、残業代、休日、有給休暇 |
| 社会保険 | 健康保険・厚生年金の加入・納付 |
| 労働保険 | 雇用保険・労災保険の適用・手続 |
| 許認可 | 事業に必要な営業許可等の取得・更新 |
技術・人文知識・国際業務にも同じ問題が波及する
これは経営・管理だけの問題ではありません。「技術・人文知識・国際業務」でも、仕事内容や学歴だけでなく、報酬・雇用条件・実際の勤務実態が審査されます。
技人国では、日本人が同じ業務に従事する場合と同等額以上の報酬を受けることが基準です。雇用契約書上は適法でも、実際の支給額や勤務時間が異なれば、在留資格審査上も重大な問題になり得ます。
「入管提出用の書類だけきれい」が最も危険
例えば、雇用契約書では月給30万円なのに銀行振込は22万円、賃金台帳では毎月160時間なのにタイムカードでは200時間、申請書では通訳・海外営業なのに実際は店舗作業が中心――。
一つの書類だけを見れば整っていても、横に並べれば矛盾が出ます。
これからの審査で重要なのは、「書類があるか」ではなく、「書類同士と実態が一致しているか」です。
雇用契約書/労働条件通知書/賃金台帳/給与明細/給与振込記録/タイムカード・出勤簿/36協定/就業規則/有給休暇管理簿/社会保険/雇用保険/労災保険。
そして、全部の数字と実態がつながっていること。
まとめ――労務管理そのものが在留資格管理の一部になる
今回の不許可事例では、申請時点より後の月まで賃金台帳が記載されていたこと、労働日数・労働時間数が記載されていなかったことが具体的に指摘されました。
ここから分かるのは、経営・管理の審査が「会社を持っているか」から、「会社を適正に経営しているか」を見る方向に進んでいることです。
労務管理は、もう単なる労基署対策ではありません。外国人経営者の経営・管理更新にも、外国人従業員の技人国申請にも関係する、在留資格管理の一部になっています。
申請直前に帳簿を整えるのではなく、日頃から適正に経営すること。それが最も強い入管対策です。
参考資料
※本稿の不許可事例は、個人及び会社を特定できないよう一般化して紹介しています。賃金台帳の一つの誤記・不備があるだけで当然に不許可になるという趣旨ではありません。許否は、不備の内容、継続性、是正状況、その他の申請事情を踏まえて個別に判断されます。記事は2026年10月5日時点の制度・公表資料に基づきます。
